バイオ・サイコ・ソーシャル糖尿病研究所代表
【杉本 正毅(すぎもと まさたけ)】
バイオ・サイコ・ソーシャル糖尿病研究所代表
【杉本 正毅(すぎもと まさたけ)】
バイオ・サイコ・ソーシャル糖尿病研究所所長
東京衛生病院糖尿病専門外来担当
ナラティブ・メディスンに基づく糖尿病診療を探求する内科医師。12004年10月ナラティヴ・アプローチとの運命的な出会いを契機に、2007年生物心理社会モデルに基づく糖尿病診療の実践・啓蒙をめざして『バイオ・サイコ・ソーシャル糖尿病研究所』を設立。生物医学モデル一辺倒の医療から患者の自己管理能力、食文化、ライフスタイル、人生観など個人がもつユニークネスを尊重する医療の実現をめざし、週5日の専門外来を担当する傍ら、執筆および講演活動を行っている。専門領域は患者教育であり、特に食事指導や基礎カーボカウント指導に基づく薬物療法の最適化に力を注いでいる
ヘモグロビンA1c 7.0%が8ヶ月間続いているけれど、薬を希望しない患者さんとの対話です。
実際の症例の意味が損なわれない程度に、事実にフィクションを加えています。
この対話を読んでいただくことで、患者さんが自分で決定すること(『自己決定』)
の重要性をご理解いただけると思います。
前回の診察の際、僕はその患者さんに、
ご自分の糖尿病を少しでも実感として理解してもらうために
自己血糖測定の導入を勧めました。
その後、彼女は自己血糖測定器を自費購入し、
血糖測定の結果を持参して、僕の外来を受診されました。
この日のヘモグロビンA1c は6.9%でした。
以下、Dr = 私、Pt = 患者さんです。
Dr「この2ヶ月間の生活について教えて下さい」
Pt「食事には注意していましたが、寒いので運動が全然できませんでした」
Dr「血糖測定はしてみましたか?」
Pt「はい。食後血糖値が200mg/dLを大きく超えていました」
Dr「確かに食後血糖値200mg/dL以上が多いですが、どう思われましたか?」
「特に3日目の夕食後血糖値は食前血糖値に比べて、100mg/dL以上跳ね上がっていますね」
Pt「え〜、そのときはさすがにショックでした」(俯く)
「やっぱり薬を飲んだ方が良いのでしょうか?」(心配そうな表情)
Dr「さぁ、どうでしょうね。それはあなたが糖尿病治療に何を望むか?によって違うと思います」
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ここで医師は「薬を飲む飲まないを決断する主体はあくまで『患者』にあること」を強調しています。
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Dr「実際に血糖測定をしてみてどう思いましたか?食後血糖値が200mg/dLを超えたときは食べ過ぎたと思いましたか?」
Pt「いいえ、自分としては注意していたつもりでした」(困った表情)
Dr「もしも、あなたが食事をもっともっと制限できる。それは決して苦痛ではない。もっと努力すれば、きっとA1cを改善できるとお考えなら、薬は要らないと思います」
Dr「でも、もしもあなたが人生をもっと楽しみたい、食事の質を高めたいというお考えなら、薬を飲むことも良い選択だと思いますよ」
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ここで医師は、薬を飲むという立場と飲まないという立場、それぞれの正当な理由を公正に患者さんに伝えることで、患者さんに主体的に考えるように促しています。
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Pt「実は、私の父も糖尿病で、叔父は血液透析を受けています。だから合併症についてはとても心配しています」
Dr「そうなんですか?それなら薬を飲んでみませんか?」
Pt「お薬を飲み始めたら、糖尿病が良くなって、また薬が不要になるということはあるのでしょうか?」
Dr「それはCase by Caseですが、とても太っている方が大きく減量に成功することで薬が要らなくなることはしばしば経験しています。でもあなたのように痩せ形の方の場合、それは難しいかも知れませんね」
Pt「そうですか。でも、お薬、飲んでみます」(決心した様子)
Dr「分かりました。よく決心して下さいましたね。実は糖尿病のお薬には毎日飲む薬と週1回飲めば良いという薬がありますが、どちらが良いですか?」
Pt「効果は同じなんですか?」
Dr「市販前の調査では同等の効果が確認されています」
Pt「でも週1回の薬って、副作用が強くはないですか?」
Dr「週1回だからと言って副作用が強い訳ではありません」
Pt「どちらが良いのでしょうか?先生、決めていただけますか?」
Dr「毎日が良いか、週1回が良いか、それは医者が決める問題ではなくて、患者さんが決めることなんです。自分で決めるからこそ、その薬は効果を発揮するんですよ。医者に一方的に決めてもらって、受け身的に薬を飲んでいる人はあまり良くならないような印象をもっています」
Dr「つまり、あなたは毎日お薬を飲むから今日1日を頑張れるんですというタイプなのですか?それとも、毎日お薬を飲むことは心理的にとても負担だから、週1回飲めば済むという薬ならとても心理的負担が軽くなりますというタイプなのでしょうか?」
Dr「ご自分で決めて下さい」
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医師はあくまで「患者が自分で決断することが大切」という立場を貫いています。
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Pt「はぁ、自分が飲む薬を、自分で決めることで、お薬が効果を発揮するということがあるんですか?」
Dr「もちろんです。自分で決めることで、患者さんが糖尿病治療に主体的に関わる決心が生まれます。だから効果が出るんだと思います」
Pt「分かりました。それでは週1回のお薬をお願いします」(笑顔)
昔気質の患者さんの中には
「薬は医者が決めるもの、患者は黙って、それに従うべきだ」
とお考えの方もおられます。
しかし、「自分の治療を自分で決める」ためには、当然のことながら、
医師の考え方や薬の作用などをしっかりと理解する必要があるわけです。
「Q1:その薬は安全ですか?」
「Q2:私にその薬が必要な理由を教えて下さい」
「Q3:その他のお薬よりも、その薬が一番私に適しているんですね?」
・・・。
自己決定するとき、患者さんは無意識のうちに、こうした問いかけをしている筈です。
それに対して、医師は例えば
Q1に対して
「はい、この薬には重大な副作用はなく、使いやすく、そのバランスの取れた薬理作用から、6〜7割の糖尿病患者さんが服用しています」、
Q2に対して
「血糖測定の結果から判断して、あなたのヘモグロビンA1cが改善しない理由は主に『食後高血糖』に起因していることが明らかです。この薬は食後血糖値のみを改善する薬なので、あなたに最適です」、Q3に対して「この他にも食後血糖値を改善する薬はありますが、副作用が少ない、1日1回服用で済む、低血糖が起こらないなどの理由で、あなたに最適だと思います」
などと答える筈です。
このように、患者中心医療をめざす医師は『自己決定』を尊重せざるを得ませんし、
自己決定を行う患者は、治療方針の決定により深くコミットすることになります。
今日のお話、いかがだったでしょうか?
ご年配の患者さんには「薬を決めるのは先生の仕事だから、俺は関係ない」
という方もおられますが、そういう方に限って、飲み忘れが多かったり、
忙しくて治療を中断してしまったりする方がおられます。
『自己決定』を大切にする医療は医師—患者関係を大切にする医療であると言い換えることができます。良い医師-患者関係がより良い治療結果を生み出すのです。
今日の患者さんとのやりとりや『自己決定』について、ご意見、ご感想があれば、ぜひ気軽にお寄せ下さい。